曇一つない漆黒の闇に浮かぶ、白銀の満月。

凛然と光を放つその姿は、誰をも魅了する…。



「何度見ても綺麗だね」

「まぁ仲秋の名月って言うくらいだからな」


縁側に腰を下ろし、風呂上がりの着流しの格好のままの黒曜と翠は、

月明かりの下で酒を酌み交す。

二人の周辺には既に空になった酒瓶が何本か転がっていた。


「琥珀遅いね…月見団子、僕達で食べちゃおうか」

「…後で琥珀がうるせェぞ?」

「…やっぱり?」


他の死神達を呼びに行った琥珀の帰りを待たずして

月見団子を食べた場合の琥珀の嘆きようが容易に想像できてしまい、

黒曜は呆れたような微笑を。

翠は困ったような苦笑を浮かべる。


「すーいー」


ちょうどその時、トタトタと軽快な足音を立てて、

黒曜と翠の噂話の張本人(?)たる琥珀が翠に飛び付いた。


「呼んで来たぞ!だから団子ー!!」


翠の膝の上に陣取って丸まった琥珀は、早速団子を食わせろと催促する。

そんな琥珀を見て、おかしそうに微笑むと、

翠は琥珀の体を撫でて月見団子に手を伸ばす。


「ちゃんと噛むんだよ?丸飲みしちゃダメだからね」

「わかってるよ、だから早く早く!あーん」

「はいはい」


大きく口を開けて催促してくる琥珀の口に団子を一つ放り込んでやりながら、

翠はもぐもぐと団子を噛んでいる琥珀の様子をにこにこしながら楽しげに眺める。


「やっぱ一仕事終えた後の団子はうめー」

「なぁにが一仕事終えた後だ。たかが数人呼びに行っただけで大袈裟なんだよ」

「なにをー!?俺のこの可愛らしい体じゃ寮内駆け回るだけでもオオゴトなんだぞー!!」

「あぁ、わかったわかった。だから喚くな、酒が不味くなる」


黒曜のあまりにも軽いあしらいに、琥珀は一瞬あんぐりと口を開く。


「すいー!黒曜の言い方あんまりじゃねぇ?!あんまりにも酷い扱いじゃねー!?」

「そうだねぇ。お酒の味は変わらないのにね。ホラ琥珀、お団子食べて機嫌直して」


おんおんと結構本気で泣き付いてくる琥珀の頭を撫でてやりながら、

翠は黒曜の背後を見やる。

どうやら待ち人が来たようだ。


「真心、華杜さん、いらっしゃい」

「待ちくたびれたぞ」


笑顔と苦笑を持ってして二人を迎える翠と黒曜に対し、

真心は不機嫌そうに言葉を返す。


「こんな真夜中に月見をしようなんて言い出す方が非常識なんだ、馬鹿者めらが。
なぁ奏……奏?おい、どうした??」

「…えっ?!あ、い、いえ!
あの…私みたいなしがない一死神が閻魔様に呼んで頂けるなんて光栄で…。
…あの、私本当にご一緒させてもらってもいいんでしょうか…?」


いつもとは違う着流し姿の黒曜に見入ってしまっていた奏は、

真心に声をかけられて慌てて返答する。

そんな奏の姿を微笑ましく思い、くすっと小さく笑った翠は

黒曜の肩にしなだれかかるように片手を置き、奏に声をかけた。


「大丈夫ですよ、華杜さん。黒曜が華杜さんを呼べって言ったんですから、
そんなに不安がることも、畏まる必要もありませんよ。ねぇ?黒曜」

「翠!お前余計なことまで言うな!!
…ま、まぁ、その…そういうことだから、こっち来て座れ」

「は、はいっ…!」


本命には奥手の黒曜が必死に奮闘しているのを横目に、翠は真心に声をかける。


「真心もホラ、こっちおいでよ」

「あ、あぁ…琥珀のヤツどうしたんだ?不貞腐れて…」

「今ちょっとご機嫌斜めなんだよ。ね、琥珀」

「うぅ…俺ちょっと散歩してくる…」


ぴょこんと翠の膝から降りた琥珀の発言に翠と真心は目を瞬かせる。


「散歩って…今からか?お前の好きな団子が目の前にこんなにあるというのにか?!」

「よっぽど黒曜に蔑ろにされたのがショックだったんだね…。
なるべく早く戻ってくるんだよ?」

「おぅ…」


翠の言葉に力なく返事をすると、琥珀はトボトボと歩いていった。

そして、翠と真心が琥珀の姿を見送った直後、奏の声が大きく耳に響いた。


「あの、閻魔様…閻魔様の髪の毛触らせて下さい…っ!」

「…は?」


流石に突拍子もない言葉に驚いた黒曜が間抜けな声を上げている。


「閻魔様の髪の毛、すごく綺麗で触らせてもらいたいんですけど…ダメですか?」

「ふっ…!!」


翠が耐えきれなくなって吹き出す。

真心は真心で、呆れたような表情だ。


「ちょっと聞いていない間に、えらく話が飛んだな…。
何をどうやったら黒曜の髪の話になるんだ」

「えっ?!いえあの…綺麗だなって思ったんで…、
そのまま思った通りに口に出しちゃったんですけど……」

「いいじゃない、黒曜。触らせてあげなよ?
やっぱり黒曜の髪って触りたくなるものなんだねぇ」

「えっ?翠先輩もそう思いますか?!」

「うん。黒曜の髪は本当に綺麗だもの。触りたくなるのが世の道理でしょう」

「ですよね、ですよねっ!私もそう思いますっ!!」


完全に意気投合している翠と奏を黒曜と真心は所在なさげに見やる。


『あの二人…いつの間にあんなに仲が良くなったんだ?!
対人関係がまるでダメな翠が私と黒曜以外の者と親しくなるのは喜ばしいことのはずなのに…』

『な、何故だ……奏の口から俺の話題が出てるってのに、ちっとも嬉しくねぇ…!!』

『『何か気に食わん…!!』』


奇しくも同じことを考えている黒曜と真心だった。


「…奏、俺の髪触りたいんだったらさっさと触れ」

「えっ、あのでも……」

「そうだぞ奏!黒曜がこう言っているうちに触らせてもらえ!!」


真心も自分と翠の関係保持のために、黒曜と奏の仲を進展させようと必死だったりする。


「いえ、あの…でも閻魔様がお嫌でしたら…諦めますよ…?怒ってらっしゃるみたいですし…」


言われて黒曜は、ハッと我に帰った。

先ほど気に食わないと思った時の気持ちがあからさまに表情に出てしまっていたらしい。


「い、いやコレは何でもない!ちょっと考え事をしてた所為であって、俺は別に怒ってないぞ!?」

「そう…なんですか?」

「そうそう。黒曜の照れ隠し…」

「「お前は少し黙ってろ!!」」


黒曜、そして真心にまで怒鳴られて翠は目をパチクリとさせる。


「…真心にまで怒られちゃった…」


翠は目を瞬かせながらポツリと呟く。

一方、奏は黒曜が怒っていないということに胸をなで下ろすと、早速改めて問いかける。


「じゃあ…触らせてもらっていいですか?」

「ああ。好きにしろ」

「それじゃあ失礼しますっ!……わぁ、すっごくサラサラ…」


感動した様子の奏、その奏から髪に触れられて満更でもなさそうな黒曜の二人を

真心は満足そうに頷きつつ見守る。


「なかなか良い雰囲気じゃないか。なぁ、翠」

「あ」

「ん?」


翠が真心の話そっちのけで廊下の最果てを見やる。

耳を澄ましてみると慌ただしい足音と話し声が聞こえてくる。

だんだん此方に近付いて来ているようだ。


「ぎぃゃあぁぁぁぁぁァァァア!!!」

「琥珀ちゃん待て待て〜〜!!」

「纏!貴方こそ待ちなさいっ!!」


逃げる琥珀を纏が追い、その纏を櫻彌が追っているようだ。

そして琥珀が半泣きで翠の元に駆け寄ってくる。


「すいぃぃぃっ!たぁすけてくれえぇぇぇ」

「えっ?!ちょっ、待っ……琥珀来るな!!」

「琥珀ちゃん捕まえたぁーっ!!」


自分に向かって突進してくる琥珀と纏を翠が避けられるはずもなく…。


「うわあぁっ!!」

「ぎょえーっ!!」

「ひゃああっ!!」


三人三様に叫び声を上げ、思い切り激突する。

黒曜と奏、真心と櫻彌はその様を呆気にとられながら見つめる。

琥珀と纏の下敷になってしまった翠はかなり痛そうだ。


「翠…大丈夫ですか…?」

「いたた……サクラ、お願いだから楢橋さんをちゃんと捕まえてて…お願いだから…!!」

「すみません、捕まえてはいたのですが逃げられてしまったんですよ…。
…纏、あなたは走り出すと見境がなくなるんですから
何かを追いかけるのはやめなさいと言っているでしょう?」


溜め息混じりに纏を諭す櫻彌だったが、纏は頬を膨らませて拗ねたような態度をとる。


「だってだってぇ、琥珀ちゃんと運命の再会を果たしたんだもん〜」

「運命違う、運命違う…!!」


纏の腕の中でガタガタ震えながら、琥珀は必死に異論を唱える。

しかし、それすら意に関せずといった風に、

纏は嫌がる琥珀にスリスリと頬擦りを繰り返した。


「何にせよ、面子は揃ったようだな」

「そうだね。お月見、本格的に始めようか」


盃を全員に回すと、各々で酒を注ぐ。

全員が酒を注いだことを確認すると、翠はふと月を見上げ、視線を戻して口を開く。


「今宵の美しい月に、乾杯」

『乾杯!』


全員の声が重なり、美しい月夜のもと、死神達の月見が始まった…―