「翠、翠!起きろ、翠!」

ユサユサと未だ夢の中にいる翠の体を揺さぶりながら真心は声を張り上げる。
窓から差し込む朝日の飛沫が眠っている翠の黒髪に混ざる琥珀色を鮮やかに際立たせる。

「す〜い〜ッ!」

ドカリ、と翠の上に座ると真心は翠の、その整った中性的な顔を覗き込む。
真心に体の上に乗られても規則正しい寝息を立て続ける翠に真心は大きく溜め息を吐いた。

「おい琥珀」
「な、何だよ…」

翠の傍らで丸くなってコトの成り行きを観察していた尾が九つある子狐に真心は声をかける。
そして、いきなり子狐の首根っこを掴み上げた。

「うわっ、ちょっ…やめろーッ!お前またアレやる気か?!
お前の考えてることが手にとるようにわかる自分が怖いぜ!ってゆーか離せ〜ッ!!」
「うるさい黙れ。そもそもお前にあるのは前足であって手ではない。
察しがついているのであればさっさと済ませれば良いだけの話だ」
「ぎゃーーーーっ!!!」

子狐・琥珀の断末魔と同時に真心は琥珀の口元を翠のそれに押し当てた。
そして、いつものように待つこと約数十秒…

「っ…ん……ん〜〜」

未だに目は閉じたままだが、息苦しさのあまり翠は身じろぎし出す。

「んぅ…っ……はぁッ!」
「おえ〜〜っ」

堪えきれずにガバッと上半身を起こすと翠は、これでもかと言うほど大きく息を吐いた。

反動で琥珀は翠の体から転がり落ちる。

「おはよう、翠」

翠の上に乗っかったまま、真心は呑気とも言えるマイペースさで翠に笑いかける。

「真心…頼むからこの方法で起こさないでっていつも言ってるじゃないか…」

肘をついて上体を支えながら、翠は自分の体の上にいる真心に恨みがましい声を向けた。

「お前がいつまでたっても起きないから悪いんだ」
「そんなこと言われても、今日は非番だろ?まだ寝てても…」
「黒曜が呼んでる」
「……寝る」

無理矢理起こされた理由を知った翠は勢い良く布団に倒れ込んだ。
ボフッと音を立て、起こしていた上体が布団に沈み込む。

「寝るな!」
「黒曜の用事なんて別に後で良いじゃないか。
何が悲しくて非番の日までコキ使われなくちゃいけないのさ……もう堪えられない、寝る」
「だから寝るな!!」
「じゃあ真心も寝よう?ココで」

翠の発言に真心は瞬時に顔を赤く染めた。
ぱくぱくと、まるで酸素の足りていない金魚のように口を開閉させる。
そして、ハッと気付いたように翠の体からおりる。

「ばっ…ふ、ふざけるな!この破廉恥男!!誰がココで寝るか!!」
「うわ、ヒドイ。破廉恥だなんて心外だなぁ」
「今度は破廉恥か。こないだは確か、ふしだら男だったよな?いてッ!!」

翠は溜め息を吐きつつうつ伏せになり、軽口を叩き出した琥珀の鼻を無言で弾いた。

「どっちもだ!今日もそんなに着乱しおって……お前には羞恥心というものがないのか?!」

着流し姿のはずが、例によって例の如く毎回朝起きる時点で着物を着ているのか着ていないのか
非常に際どいことになっている翠の姿を見ながら真心は相変わらず、まだ少し赤みがかった顔で毒付く。

「僕にとっては羞恥心より睡眠の方が大事。…ね、真心」
「…なんだ」

大分赤みの引いた顔で思い切り訝しそうに真心は翠を見やる。



「一緒に寝ようよ……おいで…?」

意味深に妖艶な笑みを浮かべながら翠は真心に誘いをかけた。
肌蹴ると言うよりむしろ脱げた着物から思い切り覗く胸元や腕に思わず視線がいき、
白いシーツの上に無造作に散らばる不思議な色合いの髪がより翠の必要以上な妖艶さを引き立てる。
せっかく赤みが引いて、通常状態に戻った真心の顔色は、またも一瞬にして真っ赤に染まった。
翠のこういう時の色気は尋常じゃないということは長年の付き合いにより誰よりも良く知っている彼女だが、
未だに慣れることが出来ずにいた。
むしろ慣れるほうがおかしい。

「だ、だからっ、誰が一緒になんか寝」
「おい、翠!まだ寝てんのかよ?!さっさと起きろ!!」

いきなり、バタンッとドアを蹴破りそうな勢いで真心の言葉を遮りつつ、黒曜が室内に入ってきた。
どちらかというと気が短い性質故に、翠がなかなか来ないので怒鳴り込みも兼ねて来たらしい。

「あぁもう…さよなら、僕の休日……」

項垂れて、そのまま布団に突っ伏すと翠は泣き言を漏らした。
こうして慌ただしい一日が始まる。