安らぎの檻 朽ち逝くとき−序章・未来−


 ――昔々、狐に恋をした人間がおりました。
 人間は始め、狐のことが苦手でした。
 狐も人間のことが大嫌いでしたが、一緒に旅をする間に
 人間も狐も少しずつお互いのことを好きになっていきました。
 これは、狐に恋をした人間と人間に恋をした狐の淡い恋のお伽噺。


 「なぁ、すい」
 「なぁに?くろとさま」

 すい―翠―と呼ばれた、まるで女の子のような可愛らしい容貌の童子は、
 自分を呼びつける少年の元へ駆け寄った。
 くろと―黒冬―という名の、翠より少し年上の、けれどやはりまだまだ幼い少年主人は
 翠が側に寄ると巻物を開いてみせた。
 翠の琥珀の双眸が黒冬の一挙一動を見逃すまいと必死に追っている。

 「くろとさま、これはなに?」

 幼子には難しすぎる文字ばかりの巻物を見せられ、翠は不思議そうに主人の顔を見つめた。
 いまいち興味を持てずにいる翠とは対照的に、黒冬はその意志の強そうな黒曜の瞳に
 楽しそうな色を浮かべている。
 一目惚れしてしまったために現在絶賛片想い中の可愛い翠からの視線を受けて、得意げに説明を始めた。

 「これはな、うちのかけいずだ」
 「かけいず?かけいずってなぁに?」
 「かけいずっていうのは、父上の父上のさらに父上の父上の父上とかその兄弟とか、
 オレのごせんぞさまのなまえがぜんぶかいてあるんだ。すげーだろ!」
 「わぁ!すごいすごい!!」

 威張るように胸を張る黒冬に、翠もはしゃいで手を叩く。
 その音で我に帰った黒冬は、手招きして再度翠にも家系図を見るように指示をした。
 促されるままに翠は家系図を覗き込む。

 「ここ、この人な、おまえのごせんぞでもあるんだぜ?」
 「すいの?」

 ぱちぱち、と瞬きを繰り返す翠には黒冬が言いたいことが伝わっていないようだ。
 考えるように小首を傾げている。

 「つまり、オレとおまえはとおいとおいしんせきなんだよ」
 「しんせき?でも、すいのごせんぞさまはキツネさまだってとおさまがいってたよ?
 くろとさまのごせんぞさまもキツネさま?」
 「ちげーよ!この人がキツネといっしょになって、この家を出てったんだ。
 で、この人が“ごじょう”から“たきがわ”になまえをかえて、いまのおまえの家ができたんだよ。わかったか?」

 トントン、と家系図の名前を指先で叩きながら、黒冬は得意げに話して聞かせる。
 翠も感心したように、そして自分の先祖の話が興味深かったのか瞳をキラキラと輝かせている。

 「ねぇ、くろとさま!もっとごせんぞさまのおはなしきかせてくださいっ」
 「もっと?うー…でもオレこれいじょうしらねーからな…。
 あ!兄上ならしってるかもしれねー!!あかとき兄上んとこいってみるか!」
 「はいっ!」

 黒冬と翠は自分達の先祖の話を聞くべく、黒冬の兄である緋秋の元へ駆けていく。
 幼子二人が屋敷を駆け抜ける元気な足音と、はしゃぐ声が麗らかな昼下がりの冴條の家に響き渡った。


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【あとがき】
とりあえず序章な感じで、いきなり黒冬と翠のちびっ子二人組が出張ってます。
ちびっ子黒冬はガキ大将な感じで威張った口調ですが、ちびっ子翠はちびっ子だから敬語とかもう滅茶苦茶。
お子様感を出そうと台詞を平仮名ばっかりにしたら、とんでもなく読み難くなりました…。
そして手抜き感も否めない。
次からやっと本編です。頑張るぞー!
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